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死ネタ

志度が部屋に駆けつけた時には、犯人は既に自分の首を搔き切り絶命していた。
江神が、一人で犯人のもとへ向かったことにすぐに気が付かなかった。
犯人の血液で赤く濡れた部屋から外へ、血液が続いていることに気付いたとき、最悪の結末を覚悟するように心臓の奥底が低く鳴る。
それとは正反対に、脳はその覚悟を拒絶することで最小限の冷静を保とうとしていた。
目眩がするのをこらえ垂れた血液を辿ると、よく日の当たる部屋に迎え入れられる。
部屋の中央、孤独の象徴かの様に置かれたピアノの側に江神が立っている。
冷えた頭に酸素が回り、浅く苦しかった呼吸も少しマシになる。
全身に嫌な汗をかいていることをようやく認識する。
江神に駆け寄り大丈夫かと声をかける前に、彼の様子がおかしいことに気付き、声が出なかった。
ピアノにもたれ、体を支える江神の脇腹は新鮮な大量の血で染まっている。
よく見れば、足下には血溜まりが出来ている。
「すぐに止血を」と、彼の体を支えようとしたが震える冷えた手で止められる。
「もういい」
「は?」
何がもういいのか、理解しなくなかったが彼の望んでいることが分からなかったことは、今の今まで一度もない。
丁寧にもう一度、もういいと静かにつぶやく彼は、ピアノの足下に座り込んでしまう。
「志度、弾いてくれないか…」
ピアノを…と彼が付け加える頃には志度はピアノの前に座っていた。
「リクエストは?」
「愛の夢…3番…」
「敬愛なる江神二郎に」
弾き終われば彼の全てが幕を引く。惜しむように、最初の音をそして最期の曲を部屋に響かせる。
永遠に弾き続けることが可能ならと、ふとそんなことを願ってしまいそうになる。
そんな願いは彼にとって一番不幸な呪いだろう。
今まで彼にかけられてきた全ての呪いを解くように、夢をみせるように音を繋いでいく。

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